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新しい書店

2007-11-03 08:09
職場の近くに大型書店が開店した。2階建ての建物でデカイ。早速行ってみたがさすが各コーナーのボリュームが違う。文庫本コーナーや単行本コーナーも種類の多さに驚いた。

株本もいまだに多く並んでいるけどこの一年ほど株本は買ってない様な気がする。もうあまり買わないと思う。あまりにも評判の良い本は立ち読みくらいはするかもしれない(さっそく著者に謝っておこう)。私の手元に株の良書と言われている本が100冊ほどある、新しく出版された本を買うより今ある本を再読した方が良いだろう(あまりしないと思うけど)。
私が所有している100冊の株本のなかで「超お勧め本」は10~15冊程度かな。沢山読んだからといってもそれがパフォーマンスに結びつく訳でもない。むしろ今まであまり買わなかったマネー月刊誌は時折買ってみようと思う。一般の個人投資家向けの情報とはいえやはり知っておくべきかと思う。それに影響されてはいけないけど。されそうだ・・・・。

啓発本も多い。私はこの手の本ではD.カーネギーとスティーブン・R. コヴィーくらいしか持っていない。成功本より失敗本の方が読むには良いのではないだろうか?以前から気になっていて最近買った「失敗の本質」日本軍の組織論的研究(中公文庫)は面白いかもしれない。日本の歴史上大きな失敗の一つだから。

そういえば最近、Fさんのおかげで自分の中で東洋思想の第二次ブームになっていると言うのは前に言ったが最近この手の本を買うことが増えてきた。この書店で諸橋 轍次 氏の「論語の講義」大修館書店版を見つけた。これは良い。金谷 治氏の「論語」岩波文庫版より良いかも。私が持っているのは久米 旺生氏「論語」徳間書店版だけど、欲しい。私はマニアか?

昨日仕事の合間に新釈漢文大系の全巻を見た。論語、大学・中庸、孟子、荀子、老子・荘子、韓非子、唐詩選、礼記、春秋左氏伝、孫子・呉子、史記、戦国策、墨子、菅子、貞観政要、唐宋八代家文読本など百十数冊だって・・・・。この新釈漢文大系は意外と読みやすいのだ。こんなことを書くとFさんに叱られる。一冊をものにせよと。



Fさん(モルガン、ゴールドマン等で運用一筋)のブログよりあえて記録に残しておきたいので転記させて頂いた。問題あれば削除しますが・・・。転記した後ですが。汗

 KONの疑問にすべて答えられるわけではないが、自分が古書を読む場合に気をつけていることを書いておきたい。

 大事なことは想像力であろう。つまり、今自分がいる平和な時代を当たり前のこととして、斜め読みしないこと。

 簡単な例でいうと、今巷で流行っている差別反対!とか、平和の為に戦争反対!などといった念仏を唱えてもっともらしく叫んでいる偽善的連中の意識を基準に物事を見てはいけない、ということである。

 平和を愛好するのは当たり前の心情だし、差別は必ずある。そんなことを声高に言うということは、その連中には必ず何か下心がある。こいつらが世を乱している、ということも知っておいて損はなかろう。

 さて、ちょっと前まで、つまり大正昭和時代ぐらいまで、世界は飢餓との戦いであったという事実。人間どうしが、時には助け合ったり、時には奪い合ったり、これの繰り返しが世界の歴史の大前提である。つまり、いつでも飲んだり食ったりできる人間の精神状態で物事を考えるな、ということ。

 では、飢餓的状態になると人間はどうなるか?それぞれの人間の本性が顕われるとともに、ほとんど動物と変わらない人間がほとんどになる。生きるために、しかたがない本性である。

 また、戦争が常態で平和な時は異常事態であったということ。つまり、常に為政者に搾取されているのが、民であり、そういった人々は文字をほとんど解しない、ということ。今でも中国は識字率50%といわれている。これは西洋でも同じであり、その辺の事情は「投資遊学のすすめ」で簡単に述べた通り。

 この状態や、民をどうやって懐けさせるかということのために、春秋戦国時代でいろいろな考え方ややり方が試された。漢の武帝が儒教を国教として以来、科挙が20世紀に廃止されるまで、基本的な考え方が続いている。

 何でもそうだが、辺境へいけばいくほど、教義が先鋭化する。キリスト教しかり、儒教しかり、である。そのなごりが、陸続きで常に属国として扱われ、中国に朝貢してきた朝鮮半島での形式儒教の形骸が、今でも残っている。つまり古来中国で行なわれていたであろう、形式的な礼が、例の韓国式お辞儀。KONは礼が好きなようだから、案外形式を人に求め過ぎる可能性があるから、気をつけた方がいいと思う。

 そんなことはともかく、中国では教えと言われていることが、今でも潜在意識のなかに、必ず残っている。義兄弟意識は、今でもあり、表面的には中国人は超個人主義だが、一度その人間を信じると、それこそ死ぬまで、自分の全財産を使ってでも、その人に尽くす、ということがある。これは男女を問わない。日本人の表面的友情らしきものとは、えらい違いである。これも知っておくこと。

 さらに、中国人は政治家を一切信用していない。四千年以上も戦乱であり、搾取され続けてきた民衆の智慧が、守銭奴的拝金主義でり、義兄弟の契りであり、地縁血縁意識である。だから、政治家というか為政者連中の言う綺麗事や、それを鵜呑みにしている日本の浅見マスコミが発している情報を前提に、物事を考えるな!ということ。

 そうしてはじめて、古典が持つ意味や、それを利用している連中のこともよく理解できるはずである。

 「古の学者は己のためにし、今の学者は人の為にす。」とKONが指摘した点は、同感ではあるが。

私のコメント
歴史を知らなければならないという事ですか? 著者や国民のおかれている状況や生活またその時代の政治や国情を想像して古書を読み理解しなければ、読み誤って真意を理解することなく読み終えてしまうと言う事ですね。
歴史の違いにより生きていく上での智慧が違ってくるということなんでしょうか?
読み手の生きている時代や歴史観の違いにより「文章化された智慧」を読み違えることはおおいにあるということ。争いによる栄枯盛衰ある中で死や恥を省みず書かれた古書をベットで横になって簡単に読んでも理解できない様な気がしてきましたよ。当然、普通に著述活動により書かれた物や伝聞により書かれた古書も著者や編者にとっては入魂の作であり、上記の古書のみを言ってるものではありません。



Fさんのコメント
案外老荘の方が肩の凝りがほぐせて、深遠なので、こちらもねっころがりながらどうぞ。
要は中庸が大切でしょう。

私のコメント
老子はかいつまんだ程度なんですが、上善の意味するところは少しだけわかりますが、「柔弱謙下」も生きながらえる策として理解出来ますがそこまでしなくてもと言った感じがしてならない。例えて言うと、多少の自己主張くらいしろよ。と言った感じでしょうか。表面をなぞった程度なので深い所まで理解してませんが・・・。
老子は弱者の思想と言われていますがもしかすると生きるための相当したたかな智慧なのかも知れません。さらっと読むべき古典だと思います。座右の書にすると家族と離れて山に篭ってしまいそうで怖い。笑


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投資は今はじっとしていた方がよさそうなので、私の場合欲を出して動くとやられる。
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コメント
-投資は人生のほんの一部分-
投資という狭い範囲でしか考える必要は無い。ものごとはすべて繋がりがあり、古典を読むほどに、どういう意味か分ってくるはず。
現代人は、何かと、あの人の専門とか得意分野などとほざいているが、人間、そう簡単には割り切れるものではない。
また、あいつは所詮あんな奴だ、と簡単に割り切られると腹が立つ。
人間の本質とは、所詮糞袋。がはは。
2007-11-03 18:50 URL フランス #- [内容変更] top↑
-ありがとうございます-
ボチボチと先哲の教えを楽しもうと思っています。

身にはなかなかつきませんが。がはは。
2007-11-03 22:54 URL KON #- [内容変更] top↑
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